1 ミュージカル『ラ・マンチャの男』出演記録 Mon Apr 11, 2011 3:28 pm
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ミュージカル『ラ・マンチャの男』
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右が佐藤
輝のサンチョ・パンサ
(1) マドリー(マドリッド) Madrid
セルバンテスが眠る修道院、旧居跡、『ドン・キホーテ』出版顕彰プレート
(2) エスキビアス Esquivias
セルバンテスが暮らした村、『セルバンテスの家』博物館
(3) エル・トボソ El Toboso
ドゥルシネア姫の村、『ドゥルシネアの館』
(4) カンポ・デ・クリプターナ Campo de
Criptana
ドン・キホーテが戦いを挑んだ風車の村
(5) アルマグロ Almagro
お城か旅籠か?
ドン・キホーテ、サンチョの大論争、スペイン最古17世紀の劇場
(6) コンスエグラ Consuegra
ADIOS
! La Mancha ! 古都トレド Toledo
に寄って
(1)
マドリー Madrid
セルバンテスが眠る修道院、出版顕彰プレート
2002年。新通貨EUROに切替ったばかりのスペイン。
マドリー(マドリッド)の空港の両替で新札とピカピカのコインを受取った。ホテルに向かうタクシーの中でそれを見て「アッ!
旦那様」思わず声を上げた。1エウロ(EUROのスペイン語読み)の半分、50セントの裏面に我が主人セルバンテス様が描かれている。
今回の旅は幸先が良い!
運転手は陽気な大声で通りや広場の名前を教えてくれる。親切風なこの手合いには用心用心と思いながら「そうそう、ここはコロン広場。5回目のマドリーだから知ってるよ」と牽制球。
間も無く一番の目抜き通りグラン・ビアに車を停めた運転手は「あの先がホテル、一方通行だから入れない。35エウロだ !
」しかしメーター表示は18。「このメーターは古いままで、それに空港からの特別料金が付くんだ」と完全なぼったくりだ。
我慢して支払ったものの領収書を要求した。タクシーが去った後、たたんで渡された領収書を開いて見ると車のナンバー部分が見事に破かれていた。
サンチョ(ミュージカル『ラ・マンチャの男』の役名は「サンチョ」。『ドン・キホーテ』(Don Quijote)の物語の中での呼び名は「サンチョ・パンサ」Sancho
Panza)の初心に帰る今回の旅の目的の一つは、セルバンテス(Miguel De Cervantes Saavedra)のお墓参りをすること。
市の中心ソルから南西に400m、細い通りの角にセルバンテスの旧居跡がある。
『ドン・キホーテ』が出版されようやく名声を得た彼が文化人、俳優などの多く住むこの一画に引っ越して住み、そして1616年4月23日奇しくもシェイクスピアと同年同日に亡くなった場所だ。今はセルバンテス通りと呼ばれている。
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セルバンテス通り角にある旧居跡。
その1本南のロペ・デ・ベガ通りにトゥリニターリアス修道院はたっている。
94年以来、行くたびに訪ねたがいつも扉が固く閉まっていた。ミサの時間にしか扉を開けないらしい。今回こそはと事前にきっちりとチェックした。
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ロペ・デ・ベガ通り中ほどにたつトゥリニターリアス修道院。
お堂に入る木の扉は小さいながらも重い。
一歩入ると表の渋いたたずまいとは全くの別世界 ! 時差ボケの目には滲みるほどに燦然と輝く黄金色の正面の祭壇。
参拝者はほんの数十人。静かに祈る人々の間を抜けて前の席の一番端に着席、あたりをゆっくりと見回した。正面の左、鉄格子の掛かった大理石の枠の上に
『ここにミゲル・デ・セルバンテス・サーベドラとその妻カタリーナが眠る』と刻まれている。思わず胸の前に手を組み感謝と祈りを捧げた。
修道女たちの聖歌と厳かに響く聖書の朗読が続く中、幸四郎さんの1000回に至る道のりを思い、公演の無事と成功を祈った。
386年前に亡くなったセルバンテスのお墓参りがようやくかなった。
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修道院から更に南東へ600m、アトーチャ通り87番の壁には、1605年にここで『ドン・キホーテ』第1部が出版された顕彰のプレートがある。
ドン・キホーテが槍をかかえて痩せ馬ロシナンテにまたがり今まさに遍歴の旅に出発しようとしている後ろで、サンチョ・パンサが遅れまいとしてロバのルシオを引っ張っている生き生きとした一瞬を、作者のセルバンテスが上から見ているブロンズ像だ。
建物の入口には『セルバンティーナ協会』の看板。辞書を引くと『セルバンティーナ』(cervantina)は形容詞で「セルバンテスの、セルバンテス
風な」。ある時代にもてはやされて一時期「誰々風」と形容される人はあっても、386年経ってもなおこのように扱われている人は他にいるだろうか。旦那様
はスゴイ!
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『ドン・キホーテ』第1部出版顕彰プレート。
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スペインでは、物語『ドン・キホーテ』がいたる所にあると言うよりは、スペインが『ドン・キホーテ』の中に溶け込んでいる。
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だが舞台作品としてのミュージカル『ラ・マンチャの男』はほとんど知られていなかった。それが4年前に初めてマドリードでスペイン語上演されて一気に有
名になった。そしてドン・キホーテ役のホセ・サクリスタンとアルドンサを演じたパロマ・サン・バシィリオのコンビも評判で、今年はスペイン語版『マイ・
フェア・レディ』のイライザとヒギンズ教授を演じていた。
大通りを挟んで幾つも建つ映画館には観客が傘をさして長い列をつくっている。急に降りだした雨。「スペインでは雨は広野に降るだけじゃ無かったんだ」と思いつつ『マイ・フェア・レディ』のコリセウム劇場へ向かった。
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右が佐藤
輝のサンチョ・パンサ
(1) マドリー(マドリッド) Madrid
セルバンテスが眠る修道院、旧居跡、『ドン・キホーテ』出版顕彰プレート
(2) エスキビアス Esquivias
セルバンテスが暮らした村、『セルバンテスの家』博物館
(3) エル・トボソ El Toboso
ドゥルシネア姫の村、『ドゥルシネアの館』
(4) カンポ・デ・クリプターナ Campo de
Criptana
ドン・キホーテが戦いを挑んだ風車の村
(5) アルマグロ Almagro
お城か旅籠か?
ドン・キホーテ、サンチョの大論争、スペイン最古17世紀の劇場
(6) コンスエグラ Consuegra
ADIOS
! La Mancha ! 古都トレド Toledo
に寄って
(1)
マドリー Madrid
セルバンテスが眠る修道院、出版顕彰プレート
2002年。新通貨EUROに切替ったばかりのスペイン。
マドリー(マドリッド)の空港の両替で新札とピカピカのコインを受取った。ホテルに向かうタクシーの中でそれを見て「アッ!
旦那様」思わず声を上げた。1エウロ(EUROのスペイン語読み)の半分、50セントの裏面に我が主人セルバンテス様が描かれている。
今回の旅は幸先が良い!
運転手は陽気な大声で通りや広場の名前を教えてくれる。親切風なこの手合いには用心用心と思いながら「そうそう、ここはコロン広場。5回目のマドリーだから知ってるよ」と牽制球。
間も無く一番の目抜き通りグラン・ビアに車を停めた運転手は「あの先がホテル、一方通行だから入れない。35エウロだ !
」しかしメーター表示は18。「このメーターは古いままで、それに空港からの特別料金が付くんだ」と完全なぼったくりだ。
我慢して支払ったものの領収書を要求した。タクシーが去った後、たたんで渡された領収書を開いて見ると車のナンバー部分が見事に破かれていた。
サンチョ(ミュージカル『ラ・マンチャの男』の役名は「サンチョ」。『ドン・キホーテ』(Don Quijote)の物語の中での呼び名は「サンチョ・パンサ」Sancho
Panza)の初心に帰る今回の旅の目的の一つは、セルバンテス(Miguel De Cervantes Saavedra)のお墓参りをすること。
市の中心ソルから南西に400m、細い通りの角にセルバンテスの旧居跡がある。
『ドン・キホーテ』が出版されようやく名声を得た彼が文化人、俳優などの多く住むこの一画に引っ越して住み、そして1616年4月23日奇しくもシェイクスピアと同年同日に亡くなった場所だ。今はセルバンテス通りと呼ばれている。
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セルバンテス通り角にある旧居跡。
その1本南のロペ・デ・ベガ通りにトゥリニターリアス修道院はたっている。
94年以来、行くたびに訪ねたがいつも扉が固く閉まっていた。ミサの時間にしか扉を開けないらしい。今回こそはと事前にきっちりとチェックした。
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ロペ・デ・ベガ通り中ほどにたつトゥリニターリアス修道院。
お堂に入る木の扉は小さいながらも重い。
一歩入ると表の渋いたたずまいとは全くの別世界 ! 時差ボケの目には滲みるほどに燦然と輝く黄金色の正面の祭壇。
参拝者はほんの数十人。静かに祈る人々の間を抜けて前の席の一番端に着席、あたりをゆっくりと見回した。正面の左、鉄格子の掛かった大理石の枠の上に
『ここにミゲル・デ・セルバンテス・サーベドラとその妻カタリーナが眠る』と刻まれている。思わず胸の前に手を組み感謝と祈りを捧げた。
修道女たちの聖歌と厳かに響く聖書の朗読が続く中、幸四郎さんの1000回に至る道のりを思い、公演の無事と成功を祈った。
386年前に亡くなったセルバンテスのお墓参りがようやくかなった。
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修道院から更に南東へ600m、アトーチャ通り87番の壁には、1605年にここで『ドン・キホーテ』第1部が出版された顕彰のプレートがある。
ドン・キホーテが槍をかかえて痩せ馬ロシナンテにまたがり今まさに遍歴の旅に出発しようとしている後ろで、サンチョ・パンサが遅れまいとしてロバのルシオを引っ張っている生き生きとした一瞬を、作者のセルバンテスが上から見ているブロンズ像だ。
建物の入口には『セルバンティーナ協会』の看板。辞書を引くと『セルバンティーナ』(cervantina)は形容詞で「セルバンテスの、セルバンテス
風な」。ある時代にもてはやされて一時期「誰々風」と形容される人はあっても、386年経ってもなおこのように扱われている人は他にいるだろうか。旦那様
はスゴイ!
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『ドン・キホーテ』第1部出版顕彰プレート。
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スペインでは、物語『ドン・キホーテ』がいたる所にあると言うよりは、スペインが『ドン・キホーテ』の中に溶け込んでいる。
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だが舞台作品としてのミュージカル『ラ・マンチャの男』はほとんど知られていなかった。それが4年前に初めてマドリードでスペイン語上演されて一気に有
名になった。そしてドン・キホーテ役のホセ・サクリスタンとアルドンサを演じたパロマ・サン・バシィリオのコンビも評判で、今年はスペイン語版『マイ・
フェア・レディ』のイライザとヒギンズ教授を演じていた。
大通りを挟んで幾つも建つ映画館には観客が傘をさして長い列をつくっている。急に降りだした雨。「スペインでは雨は広野に降るだけじゃ無かったんだ」と思いつつ『マイ・フェア・レディ』のコリセウム劇場へ向かった。
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